2011年3月21日 星期一

[轉錄][新聞] 原本要在白色情人節送出的戒指

作者: kuangjc5566 (匡匡56) 看板: Gossiping
標題: [新聞] 原本要在白色情人節送出的戒指
時間: Sun Mar 20 23:19:51 2011
 
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110319-00000925-yom-soci
 
 夫の荷物の中に指輪があった。ホワイトデーのプレゼントに、こっそり買ってくれていたらしい。
 
在丈夫的遺物裡有個戒指。這似乎是他為了白色情人節,偷偷買來準備要送給妻子的。
 
 その夫は今、遺体安置所で眠っている。東日本巨大地震で壊滅的被害を受けた宮城県気仙沼市。同市本吉町寺谷、主婦大原枝里子さん(33)は、夫の顔についた泥をぬぐい、優しくキスをした。
 
這位先生目前正在遺體安置所裡安眠著。位置是因為東日本大地震幾乎滅城的宮城縣氣仙沼市。住在本吉町寺谷地區的主婦大原枝理子,將丈夫臉上的污泥輕輕撥開,溫柔地吻了他。
 
 11日午後。自宅で揺れに襲われ、津波から逃れるため、避難所を目指して車を出そうとした。その直前、運送会社で運転手をしている夫、良成(よしなり)さん(33)から携帯に電話が入った。「大丈夫か」「もうつながらないかもしれない」。泣き叫ぶ子供2人を両腕に抱え、思うように話せない。間もなく通話が切れた。これが最後の会話になった。
 
十一號下午,她在自己家中遭遇一陣天搖地動後,為了躲避海嘯而驅車前往避難所。就在準備出發之前,在貨運公司擔任司機的丈夫良先生打手機給她。「家裡沒事吧?」「可能等等就打不通了」,她緊緊抱著因驚嚇而不斷哭鬧的兩個女兒,一時之間也說不出話來。沒多久,電話就這樣斷訊,這也是她們最後的交談。
 
 海に向かう形になるが、頑丈な小学校の校舎を目指した。20分もたったろうか。逃げる車で渋滞し、少しも進まない。「もうぶつかっても仕方ない」。意を決して対向車線にバックで車を出し、アクセルを思い切り踏んだ。眼前に津波が迫り、2台前の車が濁流にのまれた。助手席と後部座席には長女、里桜(りお)ちゃん(2)と次女、里愛(りあ)ちゃん(5か月)。2人を守ろうと必死で約50メートル後進し、何とか助かった。
 
雖然是往海邊的方向,但她還是決定往比較堅固的小學校舍開去。但這一路開了20分鐘,整條路都被要逃難的車輛塞得滿滿的,根本寸步難行。「就算撞到也無所謂」她下定決心倒車,開上對向車道,用力踩下了油門。只見海嘯就在眼前把兩台前車吞沒了。為了保護坐在副駕駛座的長女里櫻跟坐在後座的次女里愛,她就這樣拼命後退了50公尺,總算保住了一命。
 
 海から離れた避難所に行くことにし、その日は車中でガソリン節約のため暖房なしで夜を明かした。翌日から避難所で苦しい生活が待っていた。子供の服におしっこやよだれが付いても、乾くのを待つしかない。地震で哺乳瓶は全て割れ、避難所にあった哺乳瓶を他の家庭と共有した。ストレスで母乳が出ない。スポーツ飲料をお湯で薄めて与えても、里愛ちゃんはなかなか受け付けず、脱水症状になりかけた。お尻ふきがなくなり、里愛ちゃんのお尻はかぶれて血が出始めた。
 
爾後她們前往離海邊有段距離的避難所,為了節省汽油,她們沒有開車內的暖氣,就這樣度過一夜。隔天,她們便在避難所展開艱苦的生活。孩子的衣服都被尿液弄濕了,但也只能就這樣放著晾乾。由於地震的關係,奶瓶全部都被打破了,只得跟避難所中其他要哺育嬰兒的家庭共用。在過大的壓力下,奶水也擠不出來。雖然用熱水把運動飲料稀釋,但里愛還是難以下嚥,甚至開始出現脫水症狀。專門為嬰兒擦屁股的濕紙巾也用完了,使里愛的屁股因而擦出血來。
 
 夫の悲報を受けたのは17日。気仙沼周辺で配送作業中に津波にのまれたらしいと、夫の上司から知らされた。18日、子供が眠ったのを見計らい、遺体安置所に向かった。目の前のひつぎの中で眠っているのは、間違いなく良成さんだった。涙があふれ出た。キスをしながら、「愛してるよ」とつぶやいた。遺体に何か着せてやろうと、倒壊を免れた自宅に戻り、会社から引き取った夫の荷物にふと目がいった。指輪が入っていた。以前、「たまには指輪とか欲しいけど、パパはプレゼントくれる人じゃないもんね」と、意地悪を言ったのを思い出した。
 
十七日,丈夫的上司傳來惡耗。正在氣仙沼附近運送貨物的丈夫,被海嘯給吞噬了。十八日,她趁著孩子們還在睡夢中,前往遺體安置所。在眼前棺木中安眠著的的確是良成。淚水不禁奪眶而出的她,溫柔地吻了丈夫的臉頰,輕聲說道「我愛你」。為了讓他走的時候能穿著體面點,她回到在海嘯中逃過一劫,還沒有倒塌的家中。當她檢查從公司拿回來的丈夫遺物時,看到了一個戒指。「我曾說過想要一個戒指,但他只說『我可不是那種會隨便送禮物的人喔』」,如此情景讓她回憶起這段往事。
 
 避難生活が長期化し、子育てはますます大変になっている。この状態がいつまで続くか分からない。でも、指輪を残してくれた夫に約束した。「この子たちは私が責任を持って育てるから」
 
由於這樣的生活勢必在短時間內無法結束,哺育孩子也會變得越來越辛苦。不知道這樣的日子還會持續多久。不過,她已經跟留下這枚戒指的丈夫約好了。「我一定會負起責任,好好把她們養育成人」。

2011年3月20日 星期日

奇幻‧不思議日本3D展

先把面試的備審資料丟一邊,好不容易能夠享受平常日的下午,就乾脆去看展吧!

在這之前我曾在FB上看到一堆人去了這個展都拍了不錯的照片回來,

所以我抱持著好奇且期待的心情去參觀,

只可惜好像把這個展想得太好以至於覺得有點不夠盡興。

第一,雖然是平常日(星期五)但是人潮依舊洶湧,

第二,室內空氣不夠流通,逛久了會很不舒服。

第三,光線不夠明亮,而且打光的位置常常會影響拍照。

最後就是排隊都要排很久,拍個照似乎沒有想像中簡單。

不過很多作品都有帶給我驚奇的效果,這樣另類的藝術展能去玩一次算蠻難得的。


2011年3月9日 星期三

寫點瑣事也好

自從有了facebook跟噗浪之後,網誌文章就漸漸地減少許多。

偶爾心血來潮看看以前留著的舊部落格,

才發現,原來以前的留言模式比現在的facebook感覺互動還要更緊密一點。

因為觀看者主動點別人的網誌代表著一種在乎,

而非像facebook將你所寫的全部顯現在朋友間的塗鴉牆上讓你強迫性瀏覽。

也因為這樣子的模式有時發表文章會有所顧忌,

有時則是囿於形式限制而無法確切地表達自己的心情與想法,

有時甚至於只是想要以看八卦好戲的心態來關注那些無謂的資訊。

滿足了暫時的好奇心與暫時的發洩出口,

但是卻不能夠恆久留存屬於自己的心情日記,

到最後,只會讓自己的思緒更加無法統整成文章,

讓親身體驗過的回憶充滿空洞地埋在心的某個角落。

為了不讓自己落入這樣窘迫的狀況裡,

我決定有空就多打一點東西,好好沉澱一下自己。

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今天是三八婦女節,

中午跟朋友有著三八式的聚餐,內容是雞排配金佶檸檬配八卦。

前幾天滿腦子只想著3ds、研究所、暑假、東京自助旅行...等等雜七雜八的妄想,

今天能夠稍微吐露一點點真的是很暢快。

我不管別人怎麼想就是只想要跟大家炫耀我要去東京玩這件事,

因為這樣嚷嚷才能夠強迫自己這趟旅程一定要成功實行。

而且,在google map上繪制屬於我的地圖真的是很有成就感,

這樣的好心情大概會延續到煩人的期中考為止吧?

不過讓我煩惱的是我的體重不減反增,

放學時心血來潮到網拍店買內搭褲,

發現自己只剩下XL可以穿,那是多麼殘酷的事實啊!

在路上我想到了我自己自創的箴言:

現代人有錢人歧視窮人、身家高歧視身家低,

更恐怖的是餐飲業者歧視單身、服飾業者歧視胖子。

或許我胖,但好歹免強算是正常體重,

但是衣服版型做的都是給50公斤以下的人穿,

這樣對嗎這樣對嗎這樣對嗎這樣對嗎這樣對嗎這樣對嗎這樣對嗎這樣對嗎.........